不妊治療→妊娠の記録

1981年生まれ。2年にわたる不妊治療の末

不妊治療 その9 子宮内容除去術へ

大学病院を受診

2016年3月初旬の土曜日。前日に不妊治療専門クリニックで紹介状を発行してもらい、朝から夫に付き添われ大学病院の産科を受診しました。

 

土曜日の大学病院らしく、予約は入っていたもののかなり待たされました。hCGの値を調べるための血液検査、絨毛が他の臓器に転移していないかをみるレントゲン撮影を済ませた後、診察室へ。担当医の他に前日クリニックで紹介状を書いてくれた医師の姿もあり少し安心します。

内診室はいつものクリニックとは違い、患者側にモニターはありません。ただ、カーテンの向こうの2人の医師の会話から、結果は昨日と変わらないものであることはすぐにわかりました。子宮内には胎嚢のかわりに増殖した絨毛と思われる影が見えており、医師たちはそのエコー写真を何枚かおさえている様子。いまのいままで抱いてきたわずかな希望があっさりと打ち砕かれるのを、内診台の上でぼんやりと感じていました。

 

診察室に戻り、やはり胞状奇胎もしくは子宮外妊娠の可能性が高いため、速やかに子宮内容除去術(いわゆる掻爬手術)を受けてほしいと通告されました。さらに手術後は定期的に血中hCGの値を検査することで絨毛が残留していたり増殖・転移していないかを確認する必要があるとのこと。初期は2週に1回、その後は4週に1回通院し、20週後にhCGが0.1以下になったことが確認できるまで管理が続くと言われました。

 

胞状奇胎の概要と予後については昨日までにネットであらかた調べ、心の準備をしてきたつもりではいたものの、わたしの身体に起こっている事実と医療措置の内容をできるだけフラットに説明しようとしてくれている医師の専門家らしい気遣いに心が過剰に反応してしまい、診察室の中でこらえきれず泣いてしまいました。夫が静かにそばで支えてくれました。

 

手術は週明け早々の月曜に決定。朝に入院し、夕方には帰宅できる日帰り手術です。入院の説明を受けて一部手続きを済ませ、昼過ぎに病院を後にしました。

 

止まらない涙

帰宅してから、これまでは感じてこなかった下腹部痛と腰痛が発生。身体を立てていられないのでその後はずっとベッドで過ごしました。

横になっていると、自然に涙があふれてきます。いま思えば感情の整理ができないとはこういうことなのか、とも思えるのですが、いったい自分はなぜ泣いているのかまったくわからないけれど、涙が止まりません。

生まれてくるはずの命が失われた悲しみ?病を得た絶望?手術を目の前にした恐怖?皆がごく当たり前に通るステップもこなせない劣等感?夫への申し訳なさ?浮かれていた自分の愚かさに対する憤り?とにかくこれまでに経験したことのないような複雑な感情の波に揺さぶられながら、手術当日を迎えることになりました。

 

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