不妊治療→妊娠の記録

1981年生まれ。2年にわたる不妊治療の末

不妊治療 その7 自己タイミングで陽性反応

排卵日検査薬を使い自己タイミング

初めて不妊治療専門クリニックの門を叩いてからおよそ9カ月後となる2016年1月下旬。3回程度(正確に覚えていなくてすみません)のタイミング指導では成果が得られず、いよいよ人工授精にステップアップしようと決意して、最後にダメもとで自己タイミングを行いました。

 

排卵日検査薬で薄い陽性反応が出た日から1日おきと決め、陰性になるまで計3回タイミングをとりました。 

3回目のタイミングの日の夜には排卵痛と思われる痛みがありました。翌日朝の基礎体温は低いまま、翌々日は理由があり基礎体温を計れなかったのですが、その次の朝にはしっかりと体温が上がっているのか確認できました。いつもダラダラと高温期に移行するわたしにしてはとても珍しいことです。

以降、高温期に入ってからの体温は終始安定していました。これまでのグラフはガタガタだったので、こちらも珍しいなと思っていましたが、気持ちは完全に人工授精に向かっていましたので、特に何の期待もなく普段と変わらない生活を送りました。

高温期13日目から16日目(フライング)

 高温期(に入ったと思しき日から)13日目、職場の飲み会に出席。たくさん飲んだわけではないのに、すごくアルコールが回った気がして異常に喉がかわきます。帰宅後、ポカリスエットの粉末を冷蔵庫の奥から引っ張り出してきてお湯で割り、大きなマグで2杯がぶ飲みしました。

翌日の高温期14日目、定期通院している皮膚科で診察前に検温したところ(内科を併設しておりインフルエンザが蔓延していたため検温が必須でした)、37.1℃。風邪の症状はないのにいやに体温高いな、腰にカイロ貼っているせいかな、そろそろ生理だけどどうなっている?くらいしか思わず。

高温期15日目は土曜日。茶色のおりものが出て、眠気と寒気がひどく、生理の到来を確信しましたが、朝の体温は下がっていませんでした。

高温期16日目の日曜日早朝3:00、寝汗で目が覚めます。二度寝のあと体温を計るとまだ高温期のまま。わたしの場合、高温期は短いと10日、長くても14日で体温が下がり生理がくるサイクルだったため、明らかにおかしいと感じました。ベッドから出てトイレで出血の有無を確認。昨日出ていた茶おりは止まり、ペーパーには何もついてきません。

意を決して、これまで何度もフライングをしては裏切られてきた妊娠検査薬を試してみました。

尿をかけて数分後。コントロールラインよりは薄いものの、陽性反応のラインが確かに出現。にわかに信じられず、震える手で検査薬を持ったまましばらく茫然。起きてきた夫に陽性反応が出たことを告げ、(そんなことをしても何の効能もないのに)とりあえずその日の外出予定はとりやめることにしてベッドにまた潜り込みました。体温が高い以外の体調変化としては、なんとなく口の中の味がおかしくなりました。

 

高温期17日目以降

陽性反応が出た翌日からは基礎体温をひたすら気にしつつ、妊娠検査薬(クリアブルー)を追加で入手して数日おきに試す日々。体温は安定し、検査薬も次第にコントロールラインよりも濃い色を見せるようになりました。ただ、口の中の気持ち悪さはその後1週間程度続いたあと、だんだん気にならなくなっていきました。

 

妊娠確定の通院はいつするべきか。これについては調べては悩み、迷いました。あまり早くに通院しても胎嚢が確認できず二度手間になる。でも、正常に妊娠できているかは1日も早く知りたい。この間で日々揺れていました。

この頃までには流産や子宮外妊娠のリスクについても知識を得ていたので、夫には「まだ何があるかわからないんだから」と妊娠の話題を持ち出さないようにと強く牽制していました。といいつつも妊娠に関する甘い妄想は頭の中で勝手に膨らみます。はっと気づいて今度は初期流産の可能性についてスマホで検索しまくり自らを追い込んだりと精神的には結構不安定だったと思います。

 

考えに考え、この日ならほぼ胎嚢は見えるだろうと思われる高温期28日目(妊娠週間換算で6w0d)に緊張しながらクリニックを訪ねました。ここで事態はまさかの急展開を見せるのですが、それは次回にまわします。

 

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